成長企業の労使関係デザイン@特定社労士

リクルートグループに学び、ITベンチャー・急成長メーカー・創業100年商社で試した、大阪・梅田の実践派特定社労士が労使関係管理と人事労務管理の極意を伝授!「組織の成長」と「個人の幸福」の相互作用が未来を創る!!

医療現場の人事労務管理について。「医療労務コンサルタント研修」に欠けているものとは何か?

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私の仕事は、言うまでもなく、日常的には企業の人事労務管理に関するものが中心です。ただ、私自身は全くの門外漢ながら、中学・高校の同級生の約2割が医師ということもあり、医療現場の話を聞く機会も多いので、遅まきながら「医療現場」の労務管理について勉強を始めています。いわば「自主トレ」ですね。

 

今年から社労士会でも「医療労務コンサルタント研修」が始まりました。内容的には「医療機関そのものへの理解」「労働時間管理」「メンタルヘルス」あたりが中心です。また、医療機関の労務管理における着眼点として、

①看護師等の人材確保
②医療人材の育成(教育訓練)
③医療機関・医療人としての職業倫理

といったポイントを掲げています。勿論すべて大事ですが、肝心な話が抜けている感じがしています。

 

医療現場が、日本の一般的な職場との比較において決定的に異なり、また既述の「人材確保」「教育訓練」「職業倫理」の全てに影響を与え、間接的には「メンタルヘルス」の問題とも関係してくるポイントがあるのですが。何だかお分かりでしょうか?

 

それは「雇用のあり方(スタイル)」そのものの違い、そしてそれに付随して生じる「キャリアデザイン」「エンプロイアビリティ」の問題です。

 

日本の一般企業の多くにおいてフルメンバーである「正社員」は、少なくとも新卒採用段階では、何らかの「職業能力」をもって採用されているわけではありません。実際には大きく崩れているものの、一応「終身雇用」というか「長期雇用」の枠組みの中で、「地頭の良さ」「ポテンシャル」「コミュニケーション能力」などによって選考され、採用される。入社とは、組織の一員としての「メンバーシップ」を与えられることで、「ジョブ(職務)」は人事異動によりローテーションされて変化するのがむしろ自然なわけです。これは、労働法政策研究者の濱口桂一郎氏の言葉を借りれば、「メンバーシップ型雇用」ということになるでしょう。

 

それに対して、医師、看護師はもちろん、コ・メディカルの理学療法士作業療法士、管理栄養士他のスタッフは、既述の様な「地頭の良さ」「ポテンシャル」「コミュニケーション能力」といった要素がゼロとは言わないまでも、基本的にはライセンスに裏付けられた「専門職業能力」によって採用され、原則として各々の「専門職業能力」外の仕事をすることはありません。つまり「雇用のあり方」としては、前出の濱口氏の言葉を借りれば、「ジョブ型(職務型)雇用」ということになります。これは「メンバーシップ型雇用」が主流の日本において、就業者数からみれば、医療現場がマイノリティであり、特殊であることを物語ります。

 

この「メンバーシップ型雇用」と「ジョブ型(職務型)雇用」の明確な違いを認識した上でないと、医療現場の人事労務管理を考えていくことは難しいのです。よく安易に「医療現場も一般企業も組織である限り大きな違いはない」などと言う社労士もいますが、そんなことはないと私は思います。

 

 「メンバーシップ型」の一般企業であれば、「自己啓発」は兎も角、転職でも考えない限り、「キャリアデザイン」を自律的に行う機会というのは実はあまりないわけです。配属も人事異動も、ある程度は自分の意思が反映されるにしても、100%ということはあり得ない。むしろ「キャリアデザイン」よりも、どう上手く「キャリアドリフト」するかの方が大事になってきます。

 

しかし医療現場の様に「ジョブ型(職務型)雇用」である場合は、本当は常に就業者の側が「キャリアデザイン」を意識しているのが「原型」です。ですから「優秀な人材の確保」は、医師、看護師、コ・メディカルのスタッフのいずれでも、常に経営の「最重要課題」になる。そこにおいてどんな施策が中長期的な意味で効果的かわかりますでしょうか?

 

短期的に人材獲得競争が激しくなると、金銭報酬の多寡がシンプルでわかりやすい「変数」になりますが、中長期では職場によって金銭報酬に大きな差が出ないことは「ジョブ型(職務型)雇用」の世界では常識です。「ジョブ型(職務型)雇用」では常に「市場価格」というものがつけられるからです。

 

そう考えると「ジョブ型(職務型)雇用」の世界である医療現場では、いたずらに金銭報酬を引き上げるより、むしろ「キャリアデザイン」を支援し「エンプロイアビリティ」を高める教育研修等に投資していく、また、「キャリアデザイン」の一部としてライフステージに応じた「柔軟な働き方」や「ワークライフバランス」を、「制度(システム)」として形にするという方が、「優秀な人材の確保」には効果的なわけです。他の医療現場で得られないベネフィットがそこにはあるわけですから。

 

こんな話をすると、「エンプロイアビリティ」を高めたらどんどん転職するんじゃないかと心配される方がおられます。しかしそれは少々早計というものです。もちろん転職者ゼロはあり得ないですけど、全体の人材レベルが上がって、それを補って余りあるというのが、むしろ人事労務管理の要諦というものです。そればかりか「エンプロイアビリティ」向上プログラムの中に、巧みに「職務領域拡大」のためのメニューなどを織り込んでおくと、新たな分野への参入を先導する人材確保さえ可能になります。

 

また反対に、経営拡大でなく、経営縮小を将来的に選択するような場合にも、「エンプロイアビリティ」の高い人材の受け皿には事欠きません。その場合には、労働トラブルに頭を悩ませることなく撤退が可能になることを書き添えておきます。

 

この様な「雇用の特性」を踏まえた人事労務管理こそが、これからの医療現場では一層重要性を増すことでしょう。

 

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