採用と育成。大切なのはどちらか?
この投稿のタイトルは、実は様々な企業でよく問われます。
もちろん一般論としては、両方大切なのは言うまでもありませんが、両方に充分に割けるリソースがないという場合がある。そういう場合はどうすべきでしょうか。
この問題を検討するには、まず前提として「労働環境」「当該企業の成長・発展段階」「組織を構成する現有人材の質」という、少なくとも3点について把握・検証することが欠かせないと思います。
まずは「労働環境」ですが、これは当該企業を取り巻く労働市場、労働にまつわる法制度や慣習といったものです。
米国のMBAでもテキストに使われるような「人的資源管理」の書籍の多くは日本語訳があり、日本の経営学者がそれらを下敷きに書いた本も沢山出版されているので、勉強熱心な人事マンがそれらで学んだり、実際にMBAホルダーが人事を担当しているケースもあるわけですが、にもかかわらず人事が一向に上手くならない企業が、この世の中にはゴマンとあります。これはある意味当然で、典型的なジョブ型雇用、新卒・中途の区別がない採用形態、流動性の高い労働市場、自由度の高い解雇法制など、日本とは全く異なる米国の「労働環境」をベースに作られたこの種の理論が、日本でそのまま適用できることはまずあり得ないからです(むしろ適用できる方がおかしい)。
人事の中核ともいえる、人材の採用と育成についても、日本においては机上の空論に過ぎない理論を振り回して、「こうあるべき」という様な議論をすることに殆ど意味はありません。外部環境としての「労働環境」をきめ細かに把握・検証・分析して、そこから取り組み方を決めていかないと、現実に対処などできるわけがありません。
また、「当該企業の成長・発展段階」と「組織を構成する現有人材の質」という内部環境によっても、採用と育成にどのようにリソースを割り振るべきかが違ってきます。
人事というのは、個々の企業毎に環境適応が求められる世界です。ベストプラクティスという様なものはないと考えた方がむしろベターなのだと思います。もちろん環境適応のための「道具」は共通ですし、それらを学ぶ必要はあります。しかしソリューションは常にそれら「道具」の使い方のカスタムな組み合わせであって、これが唯一無二、どの企業のどの成長・発展ステージでも通用する「正解」だなんていうものはない。そう考えておくべきでしょう。
スタートアップや成長を加速する必要がある段階の企業では、もちろん時間をかけて人材育成をしている余裕はありません。中途採用で即戦力アップというのを誰しもが考えます。しかし、だからと言っていつまでも「色の着いた寄せ集め人材の集団」では、ある程度の戦力は計算できても、「組織力」によるレバレッジ効果で次の段階へブレイクスルーすることはできません。普通は次第に、中途採用から新卒採用への移行、教育研修による人材育成に力を入れ始めなければならなくなります。
しかしこれが行き過ぎると、今度は「研修」に過度な期待を寄せて、「採用」に熱心でない経営者(どちらかと言えば「日本的な経営者」)が出てきます。戦力としての人材はそのままなのに、「研修」で2割も3割も業務効率が上げられると安易に考えるタイプの人です。しかしそれも幻想で、もしそんなことがコンスタントにできるなら、日本の教育研修産業はもっと花形産業になっているでしょう。
逆に採用には必死になるのに、人材育成は自助努力のみ、「人は採ってくるものであって、会社が育成するものではない」という流儀は、欧米では通用しても、専門的な職業能力養成機能の乏しい日本の様な国では通用しません。MBAホルダーに特に多いですが、「いやそんなことはない、育てなければいけない様な人材は採用しなければ良いだけだ」という考えの(脳みそまでバタ臭い)人もいますが、それこそ机上の空論というもの。未知の「労働人口減少社会」へ突き進むこの国に事業の軸足を置く限り、そんなことを言っていると、たちまち人材不足で事業の存続さえ危うくなります。
もうお分かりですね。
限られたリソースで人材の採用と育成を考える場合、もちろん順番としてどちらかを重視して着手しなければならないということはあっても、外部環境と内部環境を鑑みて、人事の「道具」、いわば「変数(パラメーター)」を絶えず調節し、バランスをとっていかなければならないわけです。その意味で人事というのは、「静態的」ではなく極めて「動態的」な管理機能で、難易度の高いものです。
話を分かりやすくするために、「採用」と「育成」という二つの「道具」の話だけをしましたが、本来人事には、他に「制度設計」「組織デザイン」「評価」「人材配置(人事異動)」等の「変数(パラメーター)」があります。これらを絶えずメンテして使いこなしていかなければなりません。素人が使いこなすには、人事の変数は多過ぎるわけです。上手く機能しない会社が多い理由も、これでご納得頂けるのではないでしょうか。
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